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2015年12月31日木曜日

【オウム】 菊地直子 控訴審判決②

前半はこちらから→ なおこ判決①

原判決では、被告人は中川らが危険な薬物を製造して
使用すると認識していたとした。
薬品の量の多さからすると使用の意図を推認できたはず。
(2,4,5-トリクロルフェノール、硝酸98%以上5~6本、
ウロトロピン、ペンタエリトリトール、濃硝酸 等)
しかし、ある程度実験をするなら、それなりの量が必要。

【 井 上 証 言 の 信 用 性 】

井上に爆薬を見せられ、労いの言葉をかけられても
さして驚いていなかったとする井上証言を原審は認めたが、
被告人が意味を理解して反応したとは認められない。
原判決では、井上ら5人の中では、井上がリーダー的役割を
担っていたことから、井上が被告人に声をかけない方が
不自然であるから、基本的に被告人に毎回声を掛けていた旨の
井上の供述は信用できる、とした。
他の証人は記憶があいまいなのに対し、井上は不自然に
詳細で具体的。井上は、長期の裁判で記憶を喚起する
機会が多かったとはいえ、井上が犯した重大な犯罪と比べて
本件の比重は大きくなく、また、17年の年月を経ている。
記憶のあせない、特段印象的なエピソードとはいえず、むしろ不自然。

同居していたMという(女性)信者は、中川らと相談の際は
加えてもらえなかった。
井上に真相を聞いたが教えてもらえなかった。

偽造免許を持たされていたYという女性信者は、
「井上らは特別なことをしているように見えなかったが、
早く帰らそうとしていた。」 と証言。
このように、重要な役割になっていた信者にも秘匿していた。
MとYも捜査をかく乱する目的だと思っていたと供述。

被告人の上司は土谷で、井上の部下ではない。
教団内のステージは 『 師補 』。
井上がことさら気にかけて労ったのは不自然。

5月1日~4日まで被告人は毎日出入りしていたと供述。
2日と4日は信用できる。1日と3日は信用できない。
「5月に入ってからも出入りしていた。」 と抽象的。
井上証言は信用できない。

【 中 川 証 言 の 信 用 性 】

中川は1日~4日、被告人は居室に出入りしていないと供述。
中川自身、運搬を被告人に頼み、井上が声を掛けたことがあると
しているが、「なかったことは確実か?」 との質問に、
「自分は呼んでない。あったカモ。」 と証言
(※ここよく分からない…すいません)
中川は不合理な否認をしているわけではない。
5回の運搬、不利益、重要な事実については明確に証言。
中川がことさら有利な証言をしているわけではなく、信用できる。

【 火 薬 の 擦 り つ ぶ し 作 業 】

被告人は中川から擦りつぶし作業を引き継いだ。
この記憶はないが、「頼まれればやると思う。」 と証言。
意味を理解せずにやったと言える。

原審で検察は、火薬の擦りつぶしは大変危険な作業。
被告人は分かっていて自発的に引き継いだ、としたが
特段危険な作業とはいえないし、それが火薬の原料だとしても
理解していないから引き継いだとも言える。

【 薬 品 の 認 識 】

原審では、4月18から25日までの間に
5回に渡って薬品を運搬した。
教団施設周辺で行われている検問で発覚する危険を冒してでも
クシティガルバ棟から薬品を持ち出すことが求められたことから
中川が自ら入手できない薬品を至急必要としていることを
認識したはずである。硝酸98%という薬品を用いて、
安全なものを作るとは考えられない。としたが、
扱いを誤ると皮膚がただれたりするが、爆発物とは
全くレベルの違う問題。
危険なものを作るとは想起できるものではない。
被告人は、運搬した薬品が爆薬の原料になることは
知らなかったと考えられる。
中川は、被告人には化学の知識がなく、他の信者と比べて
興味がなかったと証言している。
硝酸や濃硝酸を使用して、
ただちに危険化合物を生成すると推測できない。

【 活 動 の 認 識 】

原判決では、井上が出入りしていた女性信者2人に対し、
中川が被告人に対し、一緒にいると逮捕の危険性があることを
説明してその意志確認をすべきことが決められたが、
中川は、被告人が居室に入室するにあたって井上らに対し、
「何もわかってないからよろしくね。」 と被告人が事情を知らないことを
注意喚起したことから、井上は被告人をなるべく接触しないように
していたと供述する。
中川は被告人に意志確認をした記憶がないと供述。
出入りさせること自体、井上らの計画を知られる可能性を
飛躍的に高めるものであり、中川の供述は矛盾する。
よって、井上らの計画を被告人に察知されても
差支えないと考えていた、としたが、
MやYにも計画は話されていなかった。
また、井上らは同室を引き払う際、
被告人にダイオキシンの原料を預けたが、
それは上九から持ってきたままの状態のものだった。
被告人に預けたことが同志の証とは言えない。
山梨に拠点を移す計画においては、
活動目的を知らされていなかったMも同行。
同行メンバーだから同志であると考えられていたと
ただちに言えるものではない。

被告人は、平成7年3月下旬頃、地下鉄サリン事件について
教団の関与が疑われていたことを認識していた。
教団に対する強制捜査が約1か月にわたって継続し、
教団が危機的状況にあることを認識していたが、
強制捜査は宗教弾圧だと思っており、
それは教団が大きくなるための試練だと思っていた。
同室には、異なる省庁に属する幹部が集結していて、
クシティガルバ棟の責任者である土谷の承諾なしに
薬品が使えることを認識していたが、
「豊田と中川は別のワークをしていると思っていた。
一体となって何かよろうと想起できなかった」 
という被告人の供述は自然なもの。

以上の通り、運搬した薬品から化合物を合成し、
それが危険なもの推認できたとは認められず、
その化合物を用いて行う行為が人の殺傷を生じ得ることを
推認していたとは認められない。

【 殺 人 教 義 】

被告人は、薬品の運搬の際、新幹線の待合室等で、
教団に関する報道に接する機会があったが、
本件5月の時点では地下鉄サリン事件が教団の犯行であると
確定していなかったし、幹部らがテレビに出て、
やっていないと主張していて、被告人もそれを信じていたので、
教団の関与を想起できたとはいえない。
教団には、教祖の指導下では殺人であっても
正当化されるヴァジラヤーナの教義があり、
救済のためなら人殺しも許されると思っていたが、
実際にそこまでするとはいえない。
教団が起こした凶悪事件について、
一般信者に知らせていたという事実はない。
被告人がテロを予測できていたという推論は飛躍している。
以上のことから、所論は採用の限りではない。

【 結 論 】

被告人は、運搬した薬品を使って、
中川らが農薬を作る実験を行うと思っていた。
ハルマゲドンが起こると信じており、
そうなると農作物を自給しなければならず、
やむを得ず農薬を使うことになると考えていた。
被告人は平成6年6月以降、
クシティガルバ棟で化合物生成のワークを行っていた。
本件は中川の指示で薬品を運搬したという事案。
被告人は、目的を理解しておらず、
指示されたワークをしたにすぎない。
要人テロ、大きなテロを推認できたとする事実はない。
被告人に殺人幇助の意志があったと認定できない。

【 説 諭 】

今回は無罪という判決を出しました。(なおこペコリ)
しかし、客観的にはあなたが運んだ薬品で重大な結果が生じました。
あなたがやってきたワークについて、当時は分からなかったとしても、
あなたの行為が重大な犯罪を生んだことを、心の中で整理してください。

(なおこ涙)

2015年で一番の裁判だった。
大島裁判長の勇気ある判決に感動 (;´Д`) うぅっ。。
一審の記録を精査し、教団についてものすごく勉強したんですね。
なおこ良かったね。
検察は控訴したけど、即刻棄却されるべき!!!




菊地直子一審傍聴記オススメ!→オウム裁判傍聴記 ’14-15
詳しく解説!読んでみてぇ~!→ しょこたんの記事 Business Journal


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