このブログを検索

2015年2月28日土曜日

【オウム】高橋克也 第23回公判②北村浩一証人 地下鉄サリン事件

2015年2月26日

北村浩一 証人尋問の続き~☆

弁護人
広瀬がサリンを撒くんだと 気づいたのはAHIに向かう車中?
「遅くとも、その段階までには・・」

その時初めて分かったのでは ないんですね?
「車中かどうかははっきりしません。」

平成91030日の外崎の裁判で証人出廷したときに、
 “中毒の話は出たけど サリンという言葉は出なかった”と証言してますね?
出なかったけど、今までの経験からサリンと気づいたんではないですか?
「・・・・どちらとも言えません。」


渋谷ホームズで井上は ”サリンの量が増えた!  一人1リットルになった。“ と言った?
「・・・記憶にありません。」

ペアの発表前後、話し合いや議論はありましたか?
「覚えてないです。。記憶にない。」

時間についての話し合いはありましたか?
「・・記憶がないです。」

村井が林泰男に電話をしてきたのは知っていますか?
「少し覚えてます。」

正大師がサリンを取りに来いと言ってる、と聞いた記憶は?
「…聞いたかどうか覚えてません。」

豊田が大きい声で “サリンを取りに来てください” と言ったのを聞きましたか?
「・・・・・・(長い沈黙)・・・聞いたか覚えてません。」

これがサリンかー!と誰かが 言ったのを聞きましたか?
 「聞いたか覚えてません。」


運転手は運転の事しか考えない、何も聞かない風潮だった事を印象付けたい弁護団。
運転役だった高橋被告は、もちろん実行役になにをするのか聞かないし
運転の事だけに集中していたと証明したい。

運転のワークは麻原以外にも、 麻原の家族や幹部も乗せる事がありましたか?
「はい。ありました。」

教団の計画に携わった事が ありましたか?
「・・・・」

教団全体が取り組むような事に ブレイン役として意見を言ったり していましたか?
「それはありません。」

運転のワークの時は、”誰を、どこに“ だけが必要な情報だったのではないでか?
「だいたいそうです。」

何のために、そこで何をするかは いちいち 説明されないのではないですか?
「そういう事の方が多いです。」

目的地まで送り届けて、 その後は関心を持たなかった。そういう姿勢で運転のワークをしていたのではないですか?
後ろに乗っている人の会話は 聞いていましたか?
「聞いてないです。 注意を払って聞いてはいない.
乗ってる人は誰でもよくて、 タクシーの運転手みたいな感じ。」

そのワークが、どんな目的、意味なのか考えていましたか?
「・・・・あんまり考えてなかった。
言われた事をやれば良いという風潮だった。
弟子は無知なので、全てを分かってる人から言われた事をやっていればいい。

科学技術省が作るものは信用できない。UFOを作る計画もあった。 
・・・・・・・(@_@;)UFO???

「日出づる国、災い近し」サリン事件の後に読んだ。



人類をポアする為と思っていたのは本当ですか?本当は、 事件を振り返って考えた事では?
   ・・・なかなか鋭い質問しますっっ!
「事件直前に考えた事はなかった。特に意識して考えていなかった。」

無差別殺人するんだと考えていましたか?
「意識して考えてはいなかった。」

サリンという言葉はめったに聞く 言葉ではないですよね?
「説法で度々出るようになってからは 時々出る事もあった。外からサリンに攻撃されたと言う人もいた。」

・・・弁護人のねちねち誘導尋問すごくて北村かなり困ってる

密閉空間の中で誰かが“サリン”と言ったら、記憶に残るのではないですか?
「・・・・説法で度々聞くように なってからは・・そうとも言えないです。」


三角屋根の建物は、ボツリヌス菌、炭疽菌の培養ワークの人が寝泊りしている所。
このワークは色んな省の人が集まっていた。出入りできるのは関係者だけ。

争点である
「高橋被告がサリン散布を知っていたか」について

・下見に行くまでの間で、渋谷ホームズでは「サリン」という言葉は出ていなかった記憶。
平成9年の裁判でもそう証言している。

・豊田、杉本、広瀬の裁判での証人尋問でも「誰もサリンという言葉を使わなかった。」と証言している。

320日の朝から出発までの間も、サリンという言葉は使わなかった。


1330 北村退廷


弁護団の尋問の持って行き方が、本当に綿密に計画してるなって思った。
裁判は、真実を明らかにすのではなく、どう信じてもらうか、
どうやって裁判員、裁判官の気持ちを自分らの主張に同調させるかだなって改めて分かった・・・。

【オウム】高橋克也 第23回公判①北村浩一証人 地下鉄サリン事件

2015226日 1000
東京地裁 104号法廷
平成24年合(わ)第131号等
高橋克也

今日は朝から雨・・すんごーーく起きるのイヤだった。
でも頑張って行ってきますた!

傍聴希望者が定員を下回ったので、整理券もらった人
全員傍聴券ゲットですっっっ!やったぁ~(^◇^)♪

今日も遮閉板はない。死刑囚ではない誰かだ・・

そして入廷してきたのは・・・・

えっっっっっ????

誰?そこにいた誰もが「誰???」て思っていたはず(-_-;)

坊主頭に上下白のスウェット歩き方はオラオラしてます。

目つきも悪~い!傍聴席をなめまわすように見て証言台に向かった。

こうゆー人、よく見るよここで!
そう、覚せい剤取締法違反の裁判でっ!!!

とても元オウム信者と思えないやからっぷり!

いままで見たオウム裁判では、被告人、証人みんなスーツだったから
かなりの衝撃!!!

その証人の名は・・・・

北村 浩一
この写真めっちゃさわやか!!!!!!
今は全然面影ないよっ!
悪人の顏になってます(>_<)

1968216日生まれ(47)
ホーリーネーム カッサパ
自治省次官
入信 1986
出家 1989
関与した事件  地下鉄サリン事件(広瀬健一の送迎役)
199611月逮捕
無期懲役の判決を受け現在服役中


証人 北村 浩一

検察
証人は裁判を受けた事がありますか?
どういう判決を受けましたか?
「無期懲役です。」

地下鉄サリン事件に関わりましたか?
 「はい。実行犯を車で送迎しました。」

誰の送迎をしたんですか?
 「広瀬健一さんです。」

北村は当時自治省の次官。ステージは菩師
麻原の運転手をしていた。
高橋被告とは、トラックやバスの運転など、
同じワークをした事がある。


この北村証人。。びっくりするほどなんも覚えてない(-_-;)
すっとぼけてるだけなの?それとも本当に分からないの????
とにかくこの事件について覚えてる事はあんまりないっす()


平成7319

外崎からワークが入ったと言われた。
内容は聞かされず。

外崎、新実、証人の三名で渋谷へ。

渋谷ホームズへは初めていった。
家具が何もない10畳くらいの大部屋に
皆が集まった。

井上が最後に来て打ち合わせが始まった。
この時、広瀬とペアだと聞かされる。

検察  
そもそも、何のペアだって話だったんですか?
「覚えてないです。」

北村、広瀬、杉本の三人で打ち合わせ。


それは何時だったんですか?
北村 「記憶にないです。」

広瀬がなにをするのか聞きましたか?
北村 「いや・・覚えてないです。」

319日 夜

広瀬、北村、新実、林郁夫で下見へ。
その帰りの車中、新実と郁夫が
中毒の話をしていた。
もしかしたらAHIに寄る必要があるかもだから道順を確認しないと、とういう話だった。

なんの中毒か聞きましたか?
「分からないです。でもサリンの中毒だと思いました。」

北村はボツリヌス菌、炭疽菌の培養をしており、教団がサリンを製造している事も知っていた。
ボツリヌス菌、炭疽菌は効果がないからサリンではないかと思った。

サリン製造を知ったきっかけは、上祐土屋の会話から。
サリーちゃん」と言っていた。
谷村か田村君(同じワークをしていて同じ部署に集められた人)が
「サリーちゃんって言ってたの あれ、サリンだよ!」と教えてくれて知った。

教団施設は当時盗聴されていると言われていたから隠語を使ったんだと思う。

三角屋根という建物でサリンに関する本を読んで「毒ガス兵器」だということを知っていた。

当時、麻原は説法でサリンについて話していた。
「教団はサリンによる攻撃を受けている。」

検察 
証人は、これから何をするんだと 思いましたか?

「地下鉄にサリンを撒くんだと思いました。」

ホームズに戻り、何もせずに待機。
おそらく実行役が上九に行くことになり、杉本から運転を頼まれたが眠たかったので断った。

検察
なにをしに上九に行くと言っていたんですか?
「いや・・聞いてないです。」

誰が運転する事になったんですか?
「杉本と・・誰かだと思います。」

何時に上九に出発したんですか?
「寝てたんで・・知らないです。」 (+_+)zZZ

320日 朝

上九から人が戻ってきてざわついていたので目が覚めた。

もしかして液体の入ったビニール袋を見たかもしれないけど記憶としては、はっきりしない。

広瀬を乗せて車で出発。
「広瀬以外の人もサリンを撒くと思っていた。」

サリンの効果については半信半疑だった。
ボツリヌス菌が失敗していたし、前の年の年末時点で、サリンは全然できていないという話だったから。

検察 
どういう目的でサリンを撒くと思っていたんですか?

「人類をポアする。意識を高い世界に転生させる。
今回の場合、殺す事だと。」

池袋に向かう予定だったが、間に合わないかもしれないので四ツ谷に変更して
広瀬を降ろした。
御茶ノ水の待ち合わせ場所に移動して広瀬を待つ。
広瀬が戻ってきた。
トランクの後ろの方でペットボトルの水で傘を洗っていた。
 
広瀬は後部座席に座っていたが、渋谷に戻る途中、
「うっ・・・・」というようなうめき声をあげた。

広瀬がサリン中毒になったと思ったので空気を入れ替えるために、
おそらく全ての窓を開けた。
乗っていた車は、ギャランで4ドア。

広瀬は会話はできる状態ではあった。

AHIに行くが治療は受けれなかった。
たぶん、郁夫が中毒になった場合の対処について説明していなかったのだと思う。
ホームズに戻り、広瀬は郁夫から治療を受けた。
北村も、「瞼が下がっている。」と言われ治療を受けた。
他にも治療を受けている人がいたが誰かは覚えていない。
 
広瀬と上九に戻った。



検察 
今回の事件についての記憶は、 ある方ですか?
「いやぁ・・・他の人に比べても、 ない方だと思います。」

それはどうしてだと思いますか?
「他の人より逮捕されるのが 遅かったからじゃないかと・・」

証人は平成811月に逮捕されていますね?事件から1年半経過していましたね?
その間、記憶を整理したりは しなかったですか?
「そういう事はしてないです。」



弁護人からの質問とか色々は②に続くっっ☆

2015年2月27日金曜日

【オウム】高橋克也 第22回公判③林郁夫証人 地下鉄サリン事件

高橋克也 第22回公判 ③
証人 林郁夫 続き

私はいつものんびりしていてセキュリティー通るのが遅い。なので列の最後の方。
法廷入ると前の方の席はほぼ埋まってます。たいがい後ろの席で傍聴してるんだけど
今回は林郁夫を近くで見たかった!午後は前から2列目をゲットです。
2m先に郁夫氏。




弁護団がとにかくしつこく ねちねち攻める攻める。
さすがの郁夫氏もイライラ。見ているこちらもイラついてきます。。

異議あり!炸裂の
ヒートアップした裁判だった☆



弁護人
実行役の誰かほかの人も "サリン"と言ったという断定できる記憶はありますか?
「はい。あります。自分自身も確実に言いました。」
 
平成24年の取り調べでは
「誰かがサリンと言った記憶はありません。」と言っている。

本当にホームズで充満の時間の話はあった?
「はい。」

もうすでに時間は決まっていたんじゃないですか?
「そんなことはありません。」

乗降駅、撒く時間、乗車車両は意見を出し合って決めたのは確実。
ペアだけは最初から決まっていた。

指紋除去手術は、先の検察尋問で勘違いして答えたが、本当は17日の夜だった。
サティアンは窓がないから昼夜とか時間とかあまり分からない。

サリン計画を聞いた時、村井が最後に「これはマハームドラーの修行だからね。」と言った。

それを聞くまでは葛藤があった。沢山の人が亡くなると思った。
科学技術省の人達は異質。なんで自分なのか?自分は治療省の大臣なのに・・

しかし、マハームドラーと聞いて解決、納得できた。後から、実行役全員が尊師通達で昇格すると気づいた。

弁護人
ホームズで井上が来て集めたのは 実行役だけじゃなかったですか?
「いいえ。そこにいる全員です。」

本当は運転役は いなかったんじゃないですか?
「いいえ。井上は“みなさん”と呼びかけた。」

弁護人は、過去の調書を色々持ち出して、
そのとき、郁夫が高橋を認識していなかった事を執拗に主張する。

高橋が渋谷にいた記憶すらないんじゃないですか?
「そんな事はありません。5月6日のはいわゆる“言いなり調書”で、の時の記憶をどんどん話しただけ。
昔の証言を出してくるのはフェアじゃない。確実に覚えている事とそうでない事と分けて話しています。今回は裁判員裁判なので、ちゃんと判断してもらえると思って来た。今の記憶で話したい。」

平成7513日 調書
20代後半、四角張った顔の男が2次被害的は症状だった。彼から何か言われた訳ではない。あ、思い出した。スマンガラです。」
・・・・この時の取り調べでは、高橋自身が郁夫に治療を頼みに来たという事にはなっていない。

平成7510日の調書
実行犯、運手役の指名手配写真を見せられ、名前またはホーリーネームを書くように
取り調べをした刑事から言われる。高橋の写真の所には未記入。「名前もホーリーネームも知らない。たぶん、事件の時にはいなかった」と供述。

ホームズで井上との話し合いの時、誰が発言したのかしつこく聞く。
郁夫はひたすら「特定できません」で応戦。
今度は一人ずつ名前を言って「新実は発言しましたか?」「高橋被告は発言しましたか?」「豊田は発言しましたか?」


検察
平成24年に高橋被告が逮捕されて何年ぶりにサリンについて 聞かれましたか?
十分記憶喚起してのぞめましたか?

「ご遺族が当時の気持ちに戻るのに 大変な心の努力をしていると新聞を 読んで知りました。それで自分の 記憶喚起も頑張ろうと思った。調書はあてにならない。あんなに頑張って話したのに採用されないことが沢山あった。

平成7年の証書で高橋の写真をみても認識できなかったが、実行役の広瀬の写真を
見ても分からなかった。当然 実行役の広瀬の事は知っていた。(←写真が本人と違う写りだったからでは?)高橋が運転役だというのは覚えていた。

井上との話し合いの時、ドライバーの誰かが隠語でサリンについて話していた。
その時初めてサリンの隠語を聞いた。「サリーちゃん」か何かだったと思うが確かではない。
郁夫が配置を描いて説明。「?」位置に人がいたか不明。


実行役に注射を配ったときに運転役が部屋にいたかは覚えていない。
運転役が皆 先に外に出た正確な記憶はない。

高橋から「治療してください。」と言われたのは確実。
「中毒が心配だから」と言ったかもしれない。心配している様子だった。

裁判所からの質問が終わり、裁判長は
「じゃあこれで終わりになります。ご苦労様でした。」と言い郁夫を退廷させた。

その時の時間は15:35。

今日の審理17時まででしょ??時間こんあにあまったのに、
謝罪9分ダメなの(´;ω;`)??
ひどい・・・聞きたかった。
いつか何かを通じて、今回用意した「彼の気持ち」が公開される事を祈っています。


争点である
「高橋はサリン散布を知っていたか」について

・「村井の部屋で、充満時間は5~10分と
     言われた」とみんなの前で言った。
 そこに高橋はいた。
・隠語(サリーちゃんなど)で井上と誰かが
     話していた。
・上九に取に行くのが決まる前に誰かが
  「サリンはどうするの?」と言った。
 うとうとしていた時の記憶なので
    ハッキリはしない。

郁夫の印象、話し方はイメージ通りの「まじめ」。
しっかりとした口調。
普通は正面の判事さんを見ながら証言するが、検察と話すときは、体全体を検察側に、
弁護人と話すときはそちらに向けて話すのが印象的だった。
丁寧に、慎重に証言をしていった。

先入観もあるけど。。今まで見た/聞いたオウムの人の中で一番信用できる。
とても嘘を言っている風には思えない。

泣きながら証言したときはもらい泣きしそうになってすごく辛かった。

なぜ林郁夫が犯人なんだ・・・

でも、実行役だった彼は、犯行に及ぶがどうかの選択肢はあったんだよね。
村井に言われたときに断れなかった気持ちはなんとなく分かる気もするが、
駅に行って一人になったときに自首する事だってできたし、
サリンを床において、傘で刺さずに逃げる事だってできた。

なのに彼は指示通りやり遂げた。

昔 彼の著書「オウムと私」を読んだ事がある。
もう一度読みたくなったので図書館で予約した。



【オウム】高橋克也 第22回公判②林郁夫 地下鉄サリン事件

高橋克也第22回公判 ②

証人 林郁夫 の続き~!

入廷する時は毎回 報道、特別(被害者遺族の為の特別傍聴席)、
検察の後ろで参加している被害者参加人に頭を下げる郁夫氏。


104号法定の図(裁判官&裁判員、書記官は割愛)

平成7320日 朝

上九から渋谷ホームズに戻る。

サリンは大部屋の中央に置かれていた。

誰かが 「サリンの袋を取りにきてください。」
・内袋がやぶれているのが一つあった。数名が見に行った。
 この時「サリン」という言葉が確実に出たかについては分からない。

「今、サリンという言葉が色々話題になってるから・・克也さんの問題だし、慎重に答えないと。。」

5ccの注射器にアトロピンを2cc吸ったものを実行役の所に持っていき、
中毒になったときに打つよう指導。

誰かが「もう出発しなきゃ」と言った。

545頃 ホームズを出た。
他のメンバーも続々と出ていった。

新実はすでに車で待機していた。

まず新御茶ノ水駅に行き出口を確認。

ニコライ堂横に車を停め、新実が買ってきた新聞紙に外袋から外したサリン袋を包んだ。

ニコライ堂:一度行ったことある。とーてもきれいな教会☆


千駄木から電車に乗って北千住まで行った。

実行するときに座っていた方が良いのではという案が出たので座れると思って始発駅である北千住まで行ったが始発駅ではなかった。

身動きができな程混んでいた。

郁夫 「カバンを脇に抱えて、別の新聞と一緒にサリンの袋を挟む形で持っていました。」

検察 「それからどうしましたか?」
 「・・・・それから・・(言葉を詰まらせ、かなり小さい声で)
床に落としました。
(涙で言葉がでない。時間をおいてから)
「それから 突きました。」涙涙涙・・・

その後新実の車戻り、新実が用意していたビニール袋に着ていた服を入れた。

ペットボトルに傘の先を入れガムテープで密閉した。
新実がこのような準備をしていたのは知らなかったので、手回しがいいなぁと思った。

渋谷に戻り、実行役全員にパムと硫酸アトロピンを投与した。

高橋は自ら打ってくれと言ってきた。

自分から言ってくる者は他に誰もいなかったからよく覚えている。
高橋には中毒症状がでていなかったので薬の副作用が心配だった。
血圧を計ったりした。


上九に戻り麻原に報告。

48日に別件で逮捕され、57日にサリン事件を自供。
自主扱いとなった。

「心を取り戻す事ができ、 麻原が宗教家じゃないと分かった。
自殺しようとした時に亡くなった人の無念さに気が付いた。(涙 涙・・)
医者であった私が・・・うっっ (涙)
千代田線の職員の方が命をかけて・・・
気づかせてもらいました。」 

聞き取れませんでした。 涙涙で言葉になってなかった。

「最初から思っていたけど、生きていく価値がない。
でもご遺族の方が自分の法廷で話してくださったり、上申書を書いてくださって
感謝と・・・(涙)。 祈り、自分なりにしっかり生きていくつもりです。
どうしてあそこまで麻原の事を信じたのか・・。沢山の方を亡くならせて、傷つけてしまった。
心からお詫び申し上げます。
事件を風化させたくないと思っています。
  
今回が被害者の方に直接お詫びができる 最後の機会なので、用意してきたものがあります。お時間をいただけるなら・・・
 9分位のものなので・・」

検察 「・・・手短に。」

裁判長「9分ですか・・・(ㆆ_ㆆ)  じゃ、それはまた後で」



弁護人の反対尋問と検察最終尋問、
裁判所尋問へと続く~

2015年2月25日水曜日

【オウム】高橋克也 第22回公判①林郁夫証人 地下鉄サリン事件

2015225日 10:00
東京地裁 104号法廷
高橋克也


傍聴券当たりましたぁーーーーーっ!

前回、前々回外したからホント嬉しい
ヾ(*´∀`*)ノ キャッキャッ♪

いつものように荷物を預け、金属探知機で体を調べられ、さらには女性職員に前から後ろから
全身くまなく触られチェック。

腕時計のフェイスとベルトもしっかり見られる!
からの!
ノートと本をめくって中まで見せての傍聴席です!
マスク、マフラーをしているとはずして見せるように必ず言われるので
最近はしない事にしている(^_^;)


んんん!
今日は遮閉板と防弾パネルがないぞ!
誰が出廷するんだろう。。わくわく♪♪♪

今日もやつれた高橋被告の後についに証人が登場です


林 郁夫 
キタ────∵・(゚∀゚)・∵────ッ!!


もうすっかりおじいちゃん。でも出てきた瞬間分かったよ!
あのまんま年を重ねた感じ。でも想像より小さかった!

グレーのよれっとしたスーツ。
髪は薄くて、かなり短い坊主。5mmくらいかな?
でもなんかおしゃれで上品なおじいちゃんですっ!

林 郁夫


1947123日生まれ(68歳)
ホーリーネーム クリシュンナンダ
(あだ名はクリちゃんw)
正悟師 治療省大臣

経歴と関与事件

   慶応義塾大学卒業後 血管外科の医師に

1977年 阿含宗の信徒となる
1978年 アメリカデトロイトの
                 サイナイ病院外科研究所に留学
1981年 帰国
1987年 麻原彰晃の著書に出会い衝撃を受ける。
1989年 オウム真理教に入信 
1990年 ・勤務していた病院を退職。
                 ・妻、子供ら4人で出家
      目黒に所有していたマンションを                          
                         売却するなどして
      全財産8000万円と車2台をお布施
     ・教団付属病院AHIの院長に就任
1994年 治療省大臣に就任

1995228日 ・公証人役場事務長
                                ・拉致監禁致死事件
       320日 地下鉄サリン事件

    48日 逮捕
    56日 サリン事件を自供。
                             自主扱いになった
19985月  無期懲役の判決。 
                             現在 服役中

---------------------------------------------

検察
地下鉄サリン事件に関与しましたか?
何をしましたか?
「実行役をしました。」

サリンというのはどういうものか知っていましたか?
「殺傷力の強い毒ガスの一種と認識していました。」

・平成512月 新実が中毒になり運ばれてくる。
呼吸困難状態だった。
その時は中毒症状だとは思わなかった。
原因が分からないと治療できないと中川に言うと「サリンだ」と言われた。
麻原の所に連れていかれ、「池田大作をポアしようと思った」と告げられた。(こちら→池田大作事件
この時サリンの事を知った。

平成7318日未明

村井の部屋に呼ばれる。

豊田を除く実行犯4名にサリン計画が伝えられる。

村井「みんな集まったか。これは・・・(上を見上げる)だからな。君たちにやってもらいたいことがある。
近々教団に捜査が入る。騒ぎを起こして捜査を妨害する。
地下鉄にサリンを撒く。イヤだったら断ってもいいんだよ。」

村井が上を見たので、麻原からの指示だと理解。

オウムがつぶされると思ったから引き受けた。

毒ガス攻撃を受けていると思っていた。

オウムは、唯一真理を実践する所。

「世間にオウムや麻原が正しいということを
知らせたかった。。まぁ自己満足なんですが。
これが出家の理由でもあります。」

村井の部屋で話した事
 ・密閉した空間だから地下鉄にした
 ・以前ネブライザーで試したけどダメだった
 ・サリンは水で中和して効果がなくなるから
        雨が降ったら困る
 ・麻原のアイディアで
        ジュースのカップに入れ、ひっくり返して
        逃げるのはどうだろうか?
 (それは目立つし自分らが死ぬと反対)

ここで、喉がいがらっぽいのか、話にくそうにしていた郁夫は水を頼み、飲んでからまた証言を続ける

第6サティアンの治療省にて

林泰男、村井、証人の3人で容器について相談

サリンを点滴のパックに入れ、それをポケットなどに忍ばせておき、チューブを床にたらし、
まくときにパックを押して出すのはどうかと提案。
村井「それはいいアイディアだ。」


自分専用車で渋谷へ移動した。

自分は実行役で、治療薬は中川か誰かが来ると思っていたが、一応パム、硫酸アトロピン、注射、注射針、呼吸困難に備えての道具を持って行った。

2100頃渋谷に着き、外崎の案内でホームズへ

大部屋の左側に行った。

実行役は変装用の服のすそ上げなどをしていた。
郁夫がついて10~15分後、井上が入ってきて

「みなさん、集まってください。」

検察
その時、部屋には誰がいましたか?
「実行役、運転役 全員です。」

実行役は誰ですか?
郁夫 「私、豊田、横山、広瀬」
…かなり長いこと沈黙。微妙な空気が流れる。。 
「・・・誰か、忘れてますか?」

林泰男はいなかったですか?
「あ~。はい。」 
     ァセァセ・・(;´-∀-`)ゞ

ここでサリンを撒く時間が話し合われた。

「村井に、サリンが充満するのに5~10分かかると言われた。」
と発言した。

みんな知っていると思ったので
「サリン」とハッキリ言った。

この会話の時に高橋被告はいたが、どこにいたかは分からない。
誰もが聞こえる声で言った。

乗降駅、出口、時間などが話し合われた。
ペアだけはもう決まっていた。

郁夫は千代田線、官庁街に近く最も効果があるのは1両目、2両目なのでどちらかに乗る事になった。

官庁が始まるのは830。
みんな15分前には行くだろう。
充満時間5~10分を考え、決行は8:00に決まった。

千駄木から乗って新御茶ノ水で降りるのは自分で調べて決めた。

運転役の役割もこの時 井上から伝えられた。


下見の後AHIに寄り、渋谷に戻りウトウトしていた。

一か月、ずっと忙しく、毎日3時間程しか眠れていなかった。
また、17日の「戒誓行(かいせんぎょう)」指紋除去手術などで三日間寝てない、食べてない状態であった。
・・・戒誓行、分からなかったんだけど傍聴してた方に教えてもらいました!ありがとう♡
月に一度断食するラマダンみたいなものらしいです。

一度休憩を挟み、1110から開廷。
裁判長が、今日の尋問担当の有吉検事♀に
「質問はゆっくりするように」と注意。
よく言った!!!!!
ホント早口すぎで分からないんだよー(>_<)!



いよいよ事件当日の証言! ②に続く・・・